さくら

ふたりでお花見をしたいという話をしていた。

染井吉野でも、山桜でも、枝垂れでも、八重桜でもいい。

桜並木の下を、彼の運転する車で通過するだけでもいい。

お花見をしたい、と、お願いをしていた。

彼はいいよ、と言ってくれていたけれど、頼みながらも、半分はきっと叶わないだろうと思っていた。

 

二人の間で、本来なら約束はできない。しようがない。

時たま交わされる約束は叶わないこと前提で、叶ったとしてもそれがいつになるか分からない代物で、約束とは重みがあり硬いはずのものなのに、私たちの間ではとても曖昧で悲しくて、脆い、けれども美しい、約束によく似た「何か」にしかなれないのだった。

 

だからあるとき、たまたま、ひょんな形で叶ったことに私は驚いて、とても嬉しくなってしまったのだ。

 

それは、共通の知人の結婚式に参列した帰りだった。

式と披露宴を終え、彼の車で一緒に帰るために駐車場へゆく道すがらのことだ。

 

行きのときにはまるで気付かなかった、りっぱな桜並木が頭上にあった。

淡いピンク色のもや、いや、雲と言っても差し支えないような、見事な満開の桜並木だった。

花の重さに頭を垂れるように、桜は咲いていた。

生憎の曇り空だったけれど、灰白色の空と桜の花の色の組み合わせもなかなかに素敵だ。

「綺麗」

「ほんとに綺麗だね」

そう言いながら、ふたり、桜の下を歩いた。

奇しくもこうやって、お花見の約束が成就したのだった。

 

車の中は無音で、披露宴の帰り、近くにある二次会会場に向かう参列者たちがぽつぽつと歩いているのが見えた。

みんな、私たちになんか気付かず、気にもかけずにいる。

 

窓の外の景色全部が、映画のワンシーンみたいに遠かった。

 さっきまでいた、あの、これ以上なく幸せな式の場にいたのがまるで嘘みたいだ。

膜一枚隔てた、近くて遠い別世界のように。

 

憂鬱な曇天と淡い桜の、儚げな色彩のせいだろうか。

妙に孤独な気持ちになって、センチメンタルが過ぎて、少しだけ涙が出そうだった。

誰も辿り着けないどこか遠くへ行くんだと思った。

自分だけの幸せがある、きっとほかの人には理解されない荒野へ行き、自分のためだけの花を咲かせに。

誰も知らない、誰もいない場所に。

 

きっともう、戻れない。

ただきっと、そこには山猫がいる。

 

 

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